古事記②の続き。
伊邪那岐神(イザナギ)と伊邪那美神(イザナミ)は結婚すると、日本の国土とたくさんの神々をお生みになりました。
しかし、火の神(ヒノカグツチ)を生んだイザナミは、その火から生じた火傷のために、病気になって死んでしまいました。
妻を亡くしたイザナギは嘆き悲しみ、怒りで我が子ヒノカグツチを切り殺してしまいます。
(詳しくは古事記②をお読みください)
そしてイザナミを取り戻そうと、死の国、黄泉国(よもつくに)まで会いにいくのでした。
イザナミの願い
冷たく暗い道が続く黄泉国。
その不気味な道をイザナギはイザナミを求め、どんどん進んでいきました。
やがて黄泉の神殿の入り口に辿り着いたイザナギは、扉の外からイザナミに話しかけます。
「愛しい私の妻イザナミよ。
二人で造った国はまだ出来ていない。
私にはあなたが必要なのです。
だから私と一緒に帰りましょう。」
すると、神殿の中からイザナミが答えました。
「愛しい私の夫イザナギさま。
こんなところまで会いにきてくれて、私はとても嬉しく思います。
ですがもう少し早く来てくれれば…。」
「私はすでに黄泉の食べ物を食べてしまったので、もうここから出ることができません。
また愛しいあなたと共に暮らせるように、黄泉神(よもつかみ)に相談してまいります。
私が戻るまで決してこの扉の中を覗かないでください。」
「愛しい人よ、お願いします。
覗かないと約束してください。」
イザナギは約束をして、イザナミが戻るのを待ちました。
しかし一向に戻らないイザナミに、痺れをきらしたイザナギは、とうとう扉を開けて中を覗いてしまいました。
神殿の中はとても暗く、辺りがよく見えません。
そこでイザナギは左の髪に差していた魔除けのくしを取り、その端の太い歯を一本折りそこに一つの火を灯しました。
ゆらゆらと揺れる炎のなか、イザナギが目にしたものは・・・。
そこにあったのは、イザナミの変わり果てた姿でした。
横たわるイザナミの亡骸は腐り、ウジ虫が動き這うその身体には、
- 頭に大雷(オオイカヅチ)
- 胸に火雷(ホノイカヅチ)
- 腹に黒雷(クロイカヅチ)
- 女陰に析雷(サクイカヅチ)
- 左手に若雷(ワカイカヅチ)
- 右手に土雷(ツチイカヅチ)
- 左足に鳴雷(ナルイカヅチ)
- 右足に伏雷(フシイカヅチ)
と、八つの雷神(イカヅチ)が、ゴロゴロと鳴り居ました。
逃げるイザナギ
そのおぞましい光景に、
(美しかった妻はもう居ない)
そう悟ったイザナギは、元来た道を一目散に逃げだします。
一方、腐った自分の恥ずかしい姿を見られたイザナミは、約束を破って一目散に逃げるイザナギの姿に怒り狂います。
そして黄泉の鬼神(ヨモツシコメ)に、イザナギを捕まえるよう後を追わせました。
ヨモツシコメは、凄い勢いでイザナギを追いかけます。
イザナギは髪を縛っていた蔓草(つるくさ)を解くと、ヨモツシコメに向かって「エイッ!」と力の限り投げつけました。
地面に落ちた蔓草は勢いよく伸び、増えた蔓にはたくさんの山葡萄の実が生りました。
ヨモツシコメは追う足を止め山葡萄に食らいつきますが、アッという間に食べつくしまたも凄い勢いでイザナギを追いかけます。
そこでイザナギは、今度は右の髪に差していた竹櫛(たけぐし)を「エイッ!」と力の限り投げつけました。
地面に落ちた竹櫛は転がりながら、竹の子へと姿を変えました。
ヨモツシコメはまたも竹の子に食らいつきます。
頼りにならないヨモツシコメを見たイザナミは、今度は身体に居た8つの雷神と黄泉の軍勢を1500に増やし、イザナギを追わせました。
それら軍勢にイザナギは、十拳剣(とつかのつるぎ)を後ろ手に振りながら必死で逃げ、やっとの思いであの世とこの世の境目といわれる黄泉比良坂(よもつひらさか)に辿り着きました。
そこには一本の桃の木が生えていて、そこでイザナギはまだ追ってくる軍勢に向かい3つの桃を取って投げつけました。
すると黄泉の追手たちは桃の実を嫌がり、避けるように背中をこちらに向けるとそのまま引き返していったのでした。
命拾いをしたイザナギは、
「いま私を助けてくれたようにこれからも、葦原中国(あしはらのなかつくに)<日本>の地上に住むあらゆる人々の苦しみや悲しみを、その実の霊力で助けてやってほしい。」
と、桃の木に意富加牟豆美命(オオカムヅミノミコト)と名を授けました。
桃は中国でも不老長寿の実とされ、漢方としても薬効が認められている万能の果物です。
香しく広がるその匂いと産毛を生やしたピンクの実は、生気溢れる赤ん坊のように瑞々しく、古代から桃は邪気払いや魔除けにも使われていたようです。
そんな桃の霊力は鬼退治で有名な、桃太郎のお話にもなりました。
イザナミの呪いとイザナギの誓い
黄泉国を脱出したイザナギを、最後に追ってきたのはイザナミ本人でした。
イザナミの鬼のような形相に驚いたイザナギは、黄泉国の入り口を千引の岩(千人がかりで引いても動かないような大きな岩)で塞いでしまいました。
イザナミは往く手を塞がれ、二神は千引の岩を挟んで罵り合います。
そしてイザナギは、
「私はお前と離縁する」
と、イザナミに宣言します。
怒ったイザナミは、
「愛しい人よ。
こんな辱しめを受け、心を踏みにじられた私はあなたが憎い。
これから私の全霊力で、あなたの国の人々を毎日千人殺してやる。」
と呪いをかけました。
それに対しイザナギは、
「愛しい人よ。
それならば私は、毎日千五百人の子供が産まれるように産屋を建てよう。」
とここに誓ったのでした。
こうして二神の言葉は成就して、人に寿命が与えられながらも、毎日五百の人々が増えていったのです。
この古事記に記される黄泉比良坂は、イザナギがイザナミを葬った比婆山の麓(ふもと)にあり、あの世とこの世の境目とされる峠道です。
現在は島根県東出雲の伊賦夜坂(いふやさか)が、縁の地であると伝えられています。
実際この伊賦夜坂には、千引の岩とイザナギを助けたといわれる桃の木が存在しています。
千引の岩は、亡き者の念を鎮め弔う墓石の起源といわれ、この岩によって霊界と物質界は分かれ、肉体をもって入ることの出来ない異なる次元となりました。
人の生死の概念が、できたのです。
↑東出雲の黄泉比良坂(伊賦夜坂)にある結界
この奥に、千引の岩と桃の木がある。
さて、散々嘆き、黄泉の国まで愛する妻を追ったイザナギでしたが、妻の醜い姿を見るや否や、手のひらを返したように走り逃げていく。
そして追ってきたイザナミに対し、離縁を宣言する。
このイザナギの一連の行動に、神さまとはいえ不信感を抱いてしまいました。笑
ダメだと言われるほど興味が湧くのは、男性に限らずですが、男女間の話になるとトラブルの原因になりがちですね。
好きな異性に対して素面を隠すのは女性の方が多いですが、それはイザナミの受けた切ない経験からかもしれません。
容姿を飾り、本音と建前を上手に使い分ける女性ですが、だからこそ、全てを見せた相手に裏切られると鬼のように怒るのです。
子孫を残す数が体力的にも限られる女性は、本能的に1つ1つの命を守る安全の維持、安定感を求めます。
なので男性の能力や財力の高さに魅力を感じがちです。
対して数を増やしたい男性は、女性の体の柔軟性と活き活きとした美しさ、自分を受け入れてくれる優しさに魅かれがちです。
千引の岩によりこの世に生と死の次元が分かれたように、男女間にも違う次元が出来たともいえます。
このイザナギとイザナミの物語は、現代人の私たちにもどこか通じるような、そんな男女の性質が上手く表現されているお話なのです。
イザナギの黄泉の国入りは、二神にとってある意味、最悪の結末を迎えました。
ですがこの後イザナギからは、日本の皇祖神でもある素晴らしい神さまが、生まれてくることになるのです。
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